完全オーダーメイドで2年待ちの万年筆に、世界から注文が殺到している理由

【有限会社万年筆博士
代表取締役 山本竜様インタビュー】

誰もがスマートフォンでコミュニケーションを済ませ、文字を書くことを忘れてしまっている現代に、手作りのオーダーメイド万年筆が大変人気を呼んでいます。その人気の秘密はどこにあるのか、有限会社万年筆博士の代表取締役 山本 竜様にお話を伺いました。

万年筆をオーダーメイドするというのは、どのようにしているのですか?

「当社では万年筆を作っていますが、特徴として、お客様一人一人の『書き癖』を表すカルテを作成しています。すべての工程を一人の職人がカルテどりから製作までやっているのは、世界でも当社だけだと思います。」

全世界で唯一、というのはすごいです。でも、「書き癖」というのは何ですか?

万年筆博士 山本竜代表「ペンを持つ位置、立てる角度や傾斜、筆圧、書く速度など、人によってものを書く癖は異なるんです。ところが、万年筆というのは、ボールペンやシャープペンシルと違って、方向性が決まっている器具(道具)ですから、ちょっと角度や傾斜がずれたりすると、書けなかったり、書き味が悪くなってしまいます。昔は使い続けて馴染ませたものですが、なかなか馴染むものでもありません。そこで、最初から使う人に合わせた万年筆を作ってはどうかと思いました。自分の書き癖をカルテに記入してもらって、それに合わせて設計をしていきます。具体的には、軸の重さや長さ、ペンポイントの書き味、表現力、インクの出るスピードに至るまで、様々な調整ポイントがあります。こうした結果、ただ単なる手作りというだけではない、完全なカスタムメイドの万年筆が完成するわけです。」

万年筆でうまく書けないストレス、私も経験したことがありました。私は紙が好きなので、自分の癖に合わせて書ける万年筆があったら、すごくうれしいですね。
完全な100%カスタムオーダーの山本さんの万年筆は、なんと月に約12本しか作れないものとのこと。大変な希少品ですね。

「年間のオーダー数が約150~180本ほどなのですが、ご注文いただいた順番に月12本ペースで作っていくと、仕上がるのは2年後ということになります。」

その2年の間に書き癖が変わってしまうことはないのでしょうか。

「これがね、人の書き癖というのは変わらないんです。初めて万年筆を使うような20歳までの人は、まだ書き方が安定していなくて、自分の字ができてないんですが、次第にその人の特徴ある文字が決まってきて、もうそうなると変わらないですね。だから先を見て、この人は今こうだけど、こういうふうになる、という余裕をある程度残して作るんです。後でちょっと調整すればいいようにしておくわけです。」

じつは私も小指が入ってしまう恥ずかしい癖が……たしかに、こういう癖って直らないんですよね。

「そういう方は結構いますよ。でも癖は直さない方がいいです。体によくないです。小学生や中学生だったら、直したほうがいいかもしれませんが。私も、万年筆の持ち方がすごく変だと思いますよ。取材を受けて、万年筆で書いているところを撮影されたりすると、後で写真を見て、ひどいなと思ったりします。」

万年筆博士 山本竜代表無理なことはしない方がいいと言われて、ちょっとホッとしました。
でも、2年かかるというのは、相当なありがたみになりますね。できあがるのが待ち遠しくてしかたないんじゃないでしょうか。一生使っていくものだから、皆さん、2年待っても手にしたい!と思うわけですね。

「皆さん、楽しみに待っていてくださっています。実物を手にされると、最初から既製ではなくオーダーすればよかったとおっしゃっていただけますね。一度作ると、用途ごとに何本かリビート注文される方もたくさんいます。手帳用には細書き、手紙用にはちょっと太目、ノート用にもっと太い線のものというふうな感じですね。」

自分の手にぴったり合う万年筆を一度手にしたら、自由に書ける気持ちよさの虜になってしまう。

「やはり市販の万年筆では感じられないような書き味とか表現力があります。大手メーカーさんでは手を出せないような素材を開発して使っていますので、握り心地も違いますし、素朴ながらも見た目も美しい。完成したものを持っていただければ、すごくいいものだということをわかっていただけるので、リピートしていただけるのですが、最初の一本をオーダーするまでには、きっと勇気がいるかもしれませんね。」

万年筆を注文されるお客様の層は、昔とはだいぶ変わってきているそう。

「10年、20年前だと、お客様のほとんどは団塊の世代より上の年代で、お医者さんや大学教授、もの書きなど作家の先生でした。今のお客様は、ご両親もすでに万年筆離れしている世代なのですが、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんの遺品で、昔使っていた万年筆をもらったという人が意外と多いんです。それで初めて万年筆を使ってみて、その良さを実感され、せっかくだったら自分の手に合う良いものが欲しくなるようです。30代くらいの方が多くて、お仕事も様々です。特に字をたくさん書くわけではなくても、普段は一日パソコンに向かっているので、手帳には万年筆で書きたいとか、アイディアをまとめる時は万年筆で書きたいとか、大切なお便りは万年筆で書きたいとか、そんな方が多いようですね。」

万年筆博士 山本竜代表万年筆を使う目的で特に多いのは、やはり手紙。すごくよくわかります。年賀状も今はほとんど印刷だし、便利な情報ツールはいろいろあっても、お礼状などでちゃんと感謝を伝えたいし、ここぞという手紙は、肉筆の手紙を送りたいという気持ちが私にもあります。
万年筆にはまる人というのは、どんな方でしょう。万年筆の魅力とは。

「まず、少なからず字や絵を書いたり描いたりするのが好きで、楽しいという人でしょうね。あとは、ちょっと面倒くさいことが好きとか。万年筆って面倒くさい道具だと思うんです。いちいちインク入れないといけないですし、たまには洗ってやらないといけない。でも、そんなところに日常の中で癒しを感じたい人もいるわけです。」

車をきれいに洗車するのが気持ちよくてはまる感覚に近いかも。可愛いというか、自分のものだからきれいにして、インクも入れてあげる、という感覚でしょうか。

「お便りを頂いて、それにお礼の返信を書く喜びを感じたり。儀式的なお手入れや、字の書き心地を楽しむようなことが気持ちいいんでしょうね。」

万年筆で書いた字は、一字一字書いたという感じがしますよね。

「お便りをもらうと、書かれた文字の一つ一つにその人の個性があらわになっていて、精神状態などもわかります。ずいぶん考えながら書いているな、とか。」

山本さんのご自身は、何本くらい万年筆をお持ちなのですか?

万年筆博士 山本竜代表「新しい素材のものを開発する時は、自分自身が実験材料になって何年も使ってみなければならないので、本当に自分用のものは作ったことがないんですよ。寿命が縮むというと言い過ぎかもしれませんけど、一本の万年筆を作るには、かなりのパワーを使うので、自分用に作ろうとは思わないんです。初めてのデートでピクニックに行くときに、彼のため朝早くから一生懸命お弁当を作る女の子はたくさんいますが、会社に持っていくお弁当にそこまで気合いを入れる女の子はいないですよね。
ただ、矛盾するようですが、自分で使いたくないようなものは納品できません。木に変な癖があったり変な穴があいていたり、よく見ないと分からないようなものでも、気になるようなものはボツにします。例えばキャップひとつ作るのにも1週間かけるのですが、最後に磨き上げる時に、何なんだこの柄は、と気づいてしまうと嫌になるんですよ。苦労して作ったのにという気持ちもありますが、『いや、もう一回、いちからやろう』と思いますね。そんなふうに、自分が作ったものは、『自分が作ってもらうなら』という目でしか見ませんね。」

まさに職人のこだわりを感じさせる山本さんの言葉でした。
そんな山本さんは、お客様が待っている2年の間に手紙でやりとりをされるそうです。

「はい、それはやはり大事なことだと思っています。作り手として、買い手と直接お会いしてお話したり、お便りをやりとりしたり、密接にコミュニケーションして一本の道具を作っていきます。
万年筆というのは、何か欲しくなるきっかけがある場合が多いんです。30歳になったとか、結婚したとか、子どもが生まれたとか。そこに様々なストーリーがあって、それをお便りで知らせていただくのが、とても楽しいんです。2本目、3本目のリピート注文をしてくださる方とは2回、3回お会いすることになるわけですが、そうやってお話しして、やっとわかることもあります。そうやってその方の人生を意識しながら作っているわけです。
でも、実際にはコミュニケーションをとる時間がなかなかとれないこともあるし、お便りも全員には書けない。万年筆を作る時間そのものも限られている。もっとたっぷり時間を持てたらと思うことが多いんです。一生の間に何本の万年筆を作れるかということは決まってしまっていますから、その本数が決まっている万年筆を渡すことができるお客様とは、ご縁があるということですから、なるべく密度高くコミュニケーションして、最高のものを作りたいと思っているんです。」

山本さんがそんなこだわりの万年筆を作るに至るまでには、長い歴史があったようです。

万年筆博士 山本竜代表「元々は、私の祖父が、万年筆の製造商を営んでいた兄の町工場で修業した後に、地元の鳥取で万年筆の商売を始めたのが昭和9年でした。当時は手作りで完全に家内制手工業です。戦後に大手メーカーの万年筆が主流になり、そのときはメーカーのものを売っていたのですが、それもボールペンやシャープペンがとって代わり、万年筆はだんだん売れなくなっていった。さらに1970年代後半になると、人が字を書かないワープロ、パソコンの時代になり、筆記具そのものまで売れなくなりました。『万年筆博士』という屋号ですが、万年筆がほとんど売れないので、思いきって商売をやめようかと父は思ったそうですが、その前に、もう一度、手作りでやってみたらどうかとチャレンジしたそうです。
せっかく手間や時間をかけて手作りで作るのだから、完全オーダーシステムにして、お客様一人ひとりの手にフィットしたものを作るということを始め、そのためにカルテも作ることにしました。そうしたら、変わったことをやっていると多くのメディアに取り上げられました。テレビや雑誌、新聞などでも紹介してもらえて、口コミで広がって、だんだん注文が増えていき、今のように長い期間お待たせするような状態にまでなったんです。今は、海外からの注文も多くて、1年の半分は海外向けの仕事です。」

町工場から始めてこだわって作り続けた山本さんの万年筆が、海外でも高く評価されているのですね。山本さんご自身も行かれるのですか?

万年筆博士 山本竜代表「ある熱心なお客様が、毎年オランダから来ていただいているのですが、アムステルダムに来ればヨーロッパ中から人が集まりますよ、と熱心に勧めていただいたので、一度行かないと失礼だと思って、2016年5月に、ヨーロッパでイベントを開いたんです。そうしたら10か国以上からお客様がいらっしゃって。北米やカナダ、台湾、ヨーロッパの中ではイギリスの方が多かったですね。本当にいろいろな方がいらっしゃって、とてもうれしかったです。」

本当に全世界ですね!
そういったファンは、珍しい万年筆を手に入れると写真を撮って、InstagramやFacebookなどで『書きやすいよ!』などと自慢大会をするそうです。それを見て、珍しさに惹かれて注文されるお客様も多く、ますます自然に口コミが広がっていくようです。
では、最後に、この記事の読者にメッセージをお願いします。

「私は『お手紙』より、「お便り』という言葉が好きでよく使うんです。『頼』と「便』は同じ語源だったらしくて、それがあれば何とかやっていける、という存在が『おたより』なんですね。もらった相手を元気づける手紙も、そのような存在だと言えないでしょうか。ですから、ビジネスパーソンの方々は、とてもお忙しいと思いますが、例えば部下に大事な一言を伝えたり、お客様に大事な一言を伝えたりするときには、たまにはぜひ肉筆で、思いを込めたお便りを書いてみてはいかがでしょうか。」

そういう気持ちのこもったお便りをもらったら、絶対にうれしいですよね。
私の場合、お礼を伝えたい人ばかりに囲まれて生きていますから、お便りを書こうと思ったら書ききれなくなってしまうかもしれません。でも、たとえ2年待っても、自分の手にフィットする万年筆がぜひ欲しいと思った榎並でした。

インタビュアー 榎並千陽

万年筆博士 山本竜代表

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